アラド戦記と幻想神域で魔法ぶっ放すバカのチラシの裏

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題名が何を示しているかと言うと、日付が変わろうとしている(記事書いている時点で変わってるかもしれない)1月17日の20日前。

平成7年1月17日は阪神淡路大震災のあった日。もう12年も経つんだね。

同じように、その20日前の平成6年12月28日。
青森でも大きな地震があった。

それが、平成6年三陸はるか沖地震。

三陸はるか沖地震ってのは、過去にも何度もあって、三陸(青森県南部・岩手の太平洋側)の沖合いで発生する地震の総称。
それが一番大きかった年が平成6年。

当時、私は小学3年生だった。

地震が起きた時、私は弟と叔母の部屋でゲームをしていた。
毛布に兄弟でもぐりこみ、いつものように叔母のプレイするゲーム画面を見ていた。

地震が起きた直後で、電気がつくようになってから判明したんだけど、丁度兄弟揃って毛布にもぐりこんでいた場所の後ろにあった箪笥の引き出しが、飛び出ていた。
今思えば何故あの時あの場所にいて助かったのか分からない。
箪笥から引き出しが出てきていれば、私は怪我を負っていた。

その後は懐中電灯を探し、蝋燭を何本か立てて、毛布を持ち寄って祖母と叔父、叔母、弟と5人で一ヶ所に固まってた。
一軒家だったから、電気の復旧は早かったけど…当時住んでいたのはアパートで、電気の復旧が遅かったらしく、地震の後すぐに両親も叔母の家に来て、小さいテレビとか蝋燭とかを持って帰ってった。
その後の夜の記憶を、私は覚えていない。

でも、この地震と阪神大震災が決定的に違うのは、直下型ではなかったこと、夜であったこと。
地震の多い地域だったから、被害も少なくて済んだらしい。
学校でも年中行事には必ずと言っていいほど、2回は避難訓練が入っているくらいだったから。

備えあれば憂いなし。

確かにこの言葉は自然災害に対しては必要な言葉なのかもしれない。
けれど、自然災害だって起きなければならない必然のもの。

この2つの地震で亡くなられた方々の冥福を祈ると共に、家の中で起こりうる危険を顧みてもらいたいと思う。

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コメント
この記事へのコメント
全くだ…+オマケ
どもー愚弟ちゃんです(笑(ェナイ
あの頃の自信はとてつもなく大変だったも(。゚д゚。)

ぁ、後おまけで…
保育所時代の先生とお話しました。
自分のことを伺った所、昔とあまり変わらなかったそうな(゚・。ω。・゚)お姉のこともあちらから色々聞かしてあげたりして、楽しいお話でした。
以上、愚弟である黒龍焔でした。(゚・ω・゚ゞ)
敬具
2007/01/18(木) 01:51 | URL | 黒龍焔 #-[ 編集]
愚弟>>
まぁ、お前はあの後何があったか覚えてると思う。

保育所なー…お前と違って1年しか居なかったのに、覚えてた先生ってまだいたのな。
あと、聞かせてあげたじゃなくて聞かせてもらったじゃね?
2007/01/18(木) 12:24 | URL | 天空琉 #XtGfTa1U[ 編集]
三陸沖は地震多そうだからねぇ。
と、他人事のようにいってるけど東京だっていつ来ることやら。
大地震おきたら、被害相当ヤバそう。
地獄絵図を垣間見ることができそうです。生きていればですが。
2007/01/18(木) 17:18 | URL | エクルト #k9MHGdfk[ 編集]
エクルト君>>
三陸沖は多いのに、その反対側の日本海側は地震少ないよ。

東京ね…関東大震災だって阪神淡路大震災だって、中枢はほぼ壊滅状態だったらしいからねぇ。
地震があっても無事でいられるように祈りたいよ。
2007/01/19(金) 01:34 | URL | 天空琉 #oNnex6fQ[ 編集]
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